第16回 日本語教育学における「専門家」|田尻英三

★この記事は、2020年10月5日までの情報を基に書いています。

今回は一般的に学問における「専門家」の立場について書くつもりでしたが、新たな事情も加わり、それを付け加えて書くことにします。

田尻がメンバーの一人になっている「日本語教師の資格に関する調査研究協力者会議」は、現在2回目の会議の予定はたっていません。したがって、現在、日本語教師の国家資格についての情報は、全て不確定であり、責任を持った情報ではないものであることをご理解ください。

1. 高橋課長への謝意

政策面で、実質的に動いてこられた文化庁国語課長高橋憲一郎さんのことに触れます。
この数年、田尻が文化庁の施策に関わっている間で知る限り、高橋課長は日本語教育の諸施策に積極的に関わってきました。今までの国語課長は数年在職しただけで、お役目を果たしたというように異動していきました。高橋課長は最長の在職年数と言われるように、現在までの日本語教育の体制作りをしていただきました。たとえば、今後の日本語教育の方向性を決める「日本語教育の推移に関する法律」や「日本語教育の推進に関する施策を総合的かつ効果的に推進するための基本的な方針」のまとめ役をしていただきました。これは、日本語教育学会などよりは日本語教育の将来に関わる大事な動きだと田尻は思っています。
これらの動き高橋課長がしてきたことを知ってほしくて、あえてご紹介した次第です。これは。あくまでも田尻の私見です。
日本語教育にとって残念ながら、高橋課長は2020年7月27日に異動になりました。
高橋憲一郎さん、ありがとうございました。

2. コロナ禍での「専門家」の立場

田尻は、かねてより日本語教育の専門家と言われる人たちがその時々の政治状況に振り回されて、その過去の事実の振り返りをしてこなかったことが気になっていました。そのような時に、世界のシステムを一転させたコロナ禍での感染症の専門家の発言を読んでいて、日本語教育の専門家の立場の異なっている点や基本的には変わりがない点を考えてみました。
コロナ禍での「専門家」として政府の各種の会議に参加した人たちは、会議ではPCR検査数の少なさや感染患者増加の可能性を指摘しながら、政府の会議では景気回復の局面を重視する意見に消極的ながら同意する立場をとっています。田尻は、生命をあずかる「専門家」でもこのような態度をとるのだなあと虚しくなりました。医学の関係者の間では、このあと京都大学の山中教授など個別の批判的な意見も発表されましたが、そのような人たちでも政府の会議のメンバーになると、その個別の意見の扱いは重視されているようにはみえません。
一方では、政府の立場と異なる意見を発表する「専門家」には、フェイスブックやツイッターなどを使った激しい中傷や、開業医には病院まで押しかけての示威行動をすることまで出てきています。
その結果、コロナ禍は、「専門家」の意見を必ずしも重視しなくてもよいという社会の空気を作り出しました。最近のマスコミ報道では、以前は見られなかった「専門家」の意見に対する批判も見られるようになりました。「専門家」の存在価値が低くなっているように感じます。
残念ながら日本語教育の世界を批判的に取り上げるマスコミは少なく、「やさしい日本語」の問題点を指摘した論文との比較検討なしに記事を書いています。入手した情報を整理検討しないでそのまま流すという、最近のマスコミの姿勢を示す一つの証です。

3. 日本学術会議の新会員6名を除外して任命

「専門家」について、もう一つ大きな動きがありました。
2020年10月1日に、菅総理は日本学術会議の新会員を推薦の候補6人を除いて任命しました。これは、前例のないことです。
加藤官房長官は記者会見で、人事に関することはコメントしないと言って、「これが直ちに学問の自由の侵害ということにはつながらない」としました。官房長官の発言の揚げ足を取れば、直ちにではないが、そのうちに学問の自由の侵害につながるということになります。外国人の受け入れにも、政府の会議では「専門家」の意見を発表する機会があります。
田尻は、これは大変大きな変更点だと思います。推薦会員を除名したことに対する意見表明は、日本語教育学会も日本学術会議のメンバーの一つですので、ぜひとも学会名でしてほしいと思います。個人で意見を表明してもかまいませんが、学会として態度をはっきりさせることが必要です。「専門家」は、学会や学内での自分の立場や、研究費についての忖度をすべきではありません。

4. 「N子の部屋」にみられる日本語教育学会の現状に対する姿勢

日本語教育についての「専門家」とは、何なのでしょうか。
外国人の受け入れがなくなってから、日本語教育機関の学生募集が危機的状況にあり、大学等の高等教育機関での日本語授業の受講生も大幅に減っています。これは日本語教育学会にとって喫緊の問題だと思いますが、「専門家」集団である日本語教育学会からの意見表出はありません。そんな折、日本語教育学会のHPに意味不明なコーナーができました。
9月1日の日本語教育学会のHPに、「N子の部屋」というコーナーがそれです。これは社会啓発委員会委員個人の見解であって、学会の公式見解ではない、と書かれています。出席者の発言時間が一定していないことも気になりますが、何よりも学会の委員会名での見解であって、学会のHPに載っている以上学会の見解とは無関係とは言えません。
また、コーナー名は明らかに民放の番組名のパクリですが、そのことにも触れていません。何よりも、他人事(ひとごと)のように緊張感のない発言ばかりが目立つのは気になります。
結局、日本語教育学会とは研究組織であり、それを支える会員のことなどは考えていないように田尻にはみえます。

5. 始まった外国人受け入れ再開の不明確さ

10月1日に、コロナ禍での外国人1,000人受け入れが始まりました。ただ、その1,000人の内訳がよくわかりません。マスコミは上に触れた政府の流した情報をうのみにして、その内容の検討はしていません。技能実習生枠で何人、留学生枠で何人かについてなどは、全くわかりません。日本語教育機関の中には、入国時の2週間を隔離する施設探しや滞在費の負担が大きくのしかかっています。
これはまだ始まったばかりの施策ですので、現時点ではこれ以上詳しくかけません。次の「未草」に実態が書けると思います。10月5日現在、受け入れについてのマスコミの1日の記事をフォローしたものは出ていません。

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