1996年7月6日 会社をつくる人は・・・


これから会社を作る人は、決算書を正確に作った方がいい。たった一人で独立して作る場合もそうだ。それも最初の最初から。お金を借りる時に使う機関に「信用保証協会」というのがあるが、現在の売り上げや業績、代表者の担保能力など、企業の力は見ずに、税務署に提出した書類に不備がなかったかだけを見るからだ。正直、5年目までは決算書もなにもめちゃくちゃであったことは告白しなければならない。だが、ようやく軌道に乗り始め、税理士さんにお願いしてこれからきちんとしていこう、としているわけだが、最初の最初からきちんとしていなければ、ダメだそうだ。「今後一切信用を保証をすることはできません」だそうだ。それは信用ではなくて「書類」ではないかと思った。それはまた企業の育成という、東京都の方針にあうものなのだろうか? 一方、ここ半年来、「街金」からの電話、葉書がたくさん来る。いつも断っているが、「金融」ということで言えば、よっぽどプロなのだなあ、と思ってしまう。業績がいいということなので、地元の金融機関から、お金を借りることができそうなので、あまり必要がなくなったのだが。
3万円程度の税理士さんへの謝礼も払えなかった時代が、悲しいといえば悲しい。


1996年7月7日 新しいリンク


リンクを少し直した。出版人である秋田さんのページとDTPの人RENさんのページにリンクします。

1996年7月13日

来週の17日にはアドビの「発表会」がある。非常に重要な・・・。

1996年7月14日 book orderのページ


本の注文がしやすいように、本の注文のページを作った。本の注文は、杉浦が担当する。どうぞよろしく。

1996年7月21日 新しい協業のかたち


先週はいろいろあった。水曜日にはアドビのインターネットデイがあった。アクロバット3.0Jのデモ版やさまざまな新しい技術の紹介。一言で言うと、インターネットの快適さを、文字の表示の美しさ、画像の表現力などをいままでとは比べようもないほどの高い水準に持っていくということだ。機種に依存しない文書の流通が可能になるというのもすばらしい。
疑問点は、印刷・出版業界でいまなおやはりマックのシェアは高いはずなのになぜAcrobatのデモ版を、windows版から先にだしたのだろうか?印刷物よりもビジネス文書の方に力を入れているということなのだろうか?となると再現力は、そんなに高くないのだろうか?大学の紀要をこれにより、インターネットで読めるようにしようと思っているので、心配だ。おかげで仕方なくソフトウィンドウズを買ってしまいました!
次に、Acrobat3.0J用のPDFファイルをAcrobatreader3.0で読むと全く読めない。これは、2バイトに対応しているといっても、それぞれの国ごとのAcrobatでないと、だめだということだろうか?我々としては、日本語の文書を世界に向けて発信したいと常日頃から思っており、そのためのツールとして期待しているだけにこれは非常に気がかりな点だ。

木曜日には、静岡の日興美術を見学させてもらった。今回制作中の『マックで中国語』を最終工程で作ってもらっているからだ。マックによるDTPで、多言語の出版物を組版・印刷している非常に力のある印刷所である。現場の様々な方々、最後には専務自ら運転して製本所にまでつれていって下さった。仕事場をデジタルビデオカメラにおさめてきたので、近い内に掲載する予定だが、いろいろと勉強させられた。カラー部門で1000万円のインディ稼働していたのはうらやましい限りであったが・・・。編集長の但野、杉浦ともの刷版の板をおみやげにもらった。帰りには念願の生シラスを駅前の飲み屋で食べることができてうれしかった。地元の寿司屋の親父は、今は時期じゃないといっていたそうだが、私には十分おいしかった。

『マックで中国語』は、著者にマックで執筆してもらい、それを但野が、割り付け、編集している。今までは、自社内のPSプリンターのマイクロラインで拡大出力して、縮小して製版・印刷していたが。今回は初めての試みだ。いろいろトラブルがあったが、日興美術の小畠さんと現場の方々の助力でなんとか乗り切った。フィルム16ページ面付けだしで、中国語が入っており、なおかつ図版の多いという初めての体験ばかりだったが、編集長もがんばった。ご苦労様といいたい。表紙のデザインも但野の手によるものである。(そのためにパワーマック7600をかって上げました。)

DTPを今後どう使うか、という大きな問題があるが、社内ですべて閉じた中で制作するというのが今までのやり方だったが、印刷所の協力で本を作っていくというものもこれからは一定の比重をもっていくに違いない。通常の電算写植のようにただ単に外注として発注するというのとは違った仕事の仕方が、DTPの場合、可能なはずである。共同作業の新しいかたちを探っていきたい。

18日の『新文化』にひつじ書房のホームページが載った。この新聞は、書店・出版業界の業界紙なのだが、東京電機大学出版局の植村さんが、好意的な内容で書いてくれた。ありがたいことだ。思ったのだが、ホームページやインターネットを使って学術書を変えてきたいと思う人間たちで、何かできることはないだろうか。

17日には、日教販に口座開設のお願いに行った。日教販は、もともとは教科書、参考書などの書籍を流通している取次店だが、ここパソコンショップの書籍流通に勢力を伸ばしてきている。T-ZONEなどの本屋さんはみんな日教販が扱っている。すごい勢いで、パソコンショップの本屋さんが日教販の口座を取り始めている。ひつじでも『マックで中国語』『ネチケット』などの本を刊行していく関係で、お願いに行ったわけだ。取引の開始を心から願っている。

また、やっと『未発』2号を広告郵便で、神田郵便局から発送した。注文が多くくることを願っています。


1996年7月28日 ホームページの色を変えました

今まではデフォルトの色を使っていましたが、あまりにマンネリなので、変えることにしました。また、新刊の表紙を表に出して、そこから新刊へ飛べるようにもしました。また、日誌のページはfont指定を入れました。ブラウザーが限定されるので、やりたくなかったのだが、今までの文字の大きさでは読まないでくれ、というようなものだ。
それから、房主はデザインのセンスがないので、ひつじアンソロジーやマックで中国語をデザインしてくれた編集長の但野にやってほしいんだけどね。ちなみに、ひつじ書房では最近のなかなかきれいな装丁はみんな但野がやっております。昔の編集者は、デザインまでやったんだから、と言っています。ひつじ書房が貧乏なのにちゃんとした装丁ができているとしたら彼女の功績です。才色兼備ですね。本当にありがとう!とおだててホームページもやってもらおうと思っているですが、甘いか?

ISDNにしたのに、自宅でアクセスする時間は回線が込んでいてどうもホームページのメンテナンスがしにくい。モデムの方が早かった気がする。非常に悲しい。モデムは、五島列島の妻の姉さんにもうすでに送ってしまったので、手元にない。長崎の先の五島で、DTPの手伝いをしてもらっているのである。真実、一族郎党でやっているということがわかるでしょう。

1996年7月30日 マックで中国語でき



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